サミズダート

素朴な一市民「異邦人」の政治経済雑感。兼備忘録ときどき日記。

翁長前知事の県民葬で菅官房長官に飛び交った怒号。民衆の“悲鳴”に耳を傾けない政治に終止符を。

2014年12月の沖縄県知事選への当選以来、保守革新の垣根を越えた画期的な「オール沖縄」体制を構築し、国が強行する辺野古新基地建設に反対する姿勢を毅然として貫き続け、基地問題以外の分野においても、深刻化する子どもの貧困問題を解決する為の基金創設や、基地に頼らない経済振興策などといった成果を残し、沖縄県民と真摯に合いながら厚い支持を受けてきた翁長雄志・前沖縄県知事

 

そんな翁長前知事が8月8日に膵臓ガンによってこの世を去り、その死去に伴う沖縄県知事選を経て、今月9日に県民葬が行われて沖縄県民に見送られていきました。私からも、最後まで文字通り「命を賭して」戦い抜いた翁長雄志さんに、この場をお借りして最大の敬意を表すると共に、謹んでお悔やみ申し上げます。

 

さて、その翁長氏を送り届ける県民葬には、氏の辺野古新基地反対の思いを継いで先の県知事選に当選したデニー新知事のほか、実に3000人もの人々が列席しました。常に県民と真摯に向き合ってきた翁長氏が、如何に県民の厚い支持を得ていたのかが分かります。

 

しかし、それとは対照的に沖縄県民の民意を無視し続けて国家の論理を強要し、翁長県政と対立し続けてきた国の代表である安倍首相は葬儀に出席しませんでした。表向きは首脳会議を理由として出席を断った安倍首相ですが、生前の翁長知事と共に出席した沖縄の「慰霊の日」では、出席者から「何のために来たんだ」などと厳しい声を浴びせられた経緯もあり、自身が沖縄にしてきた「仕打ち」と相俟って踏み入る勇気がなかったのではないでしょうか。

 

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(FNN)

 

そして、そんな安倍首相の「代打」を務めたのが、同じく憮然として沖縄民意を踏み躙ってきた菅官房長官である訳ですが、そんな菅官房長官が安倍首相の弔辞を代読した際、ちょっとした騒動が起こりました。翁長前知事の遺影を前にして「沖縄県民の気持ちに寄り添う」などと、実が伴わない空虚な言葉が踊るカンペを棒読みする菅官房長官の白々しさに耐えかねたのか、式に参列していた沖縄県民から「帰れ!」「うそつき!」といった怒号が飛び交ったのです。

 

画像(報ステ)

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動画(YouTube)

 

私は至極当然の声だと思いますが、この県民らの行動に対し、主に安倍政権を支持する層からは「民度が低い」などといった侮蔑を込めた心無い非難の声が上がりました。しかし、敢えて個人の意見を言わせてもらえば、さんざん安倍政権による強権的で反民主主義的な沖縄政策を支持し、翁長県政そのものを「中国の手先だ」などといったデマによって嘲り、度重なる米軍基地由来の事故や犯罪を「仕方ない」の一言で済ませてきたような連中が、沖縄県民の怒りに文句をつける資格はないと思います。

 

 

 

確かに葬儀の場というものは本来、故人を弔う場であって静粛であるのが望ましい場です。そんな事は菅官房長官に怒号をぶつけた県民の方々も分かっているでしょう。彼ら彼女らも、翁長県政に厚い信頼を寄せていたからこそ式に参列した訳ですから。ならば、大切なのは「何故静粛であるべき葬儀の場で、そのような行動に出ざるを得なかったのか」という理由に思いを馳せ、それこそ「沖縄県民の気持ちに寄り添う」事なのではないでしょうか?実際、菅官房長官ら安倍政権の面々は、それだけの「仕打ち」をしてきたのです。

 

正直書ききれないのですが、その悪業の一部でも紹介させて頂きます。胸糞が悪くなると思いますが、ご了承ください。 

 

沖縄県民が示した辺野古新基地反対の確固たる意思表示を伝えるべく、知事就任当初から翁長氏が再三に渡って必死に面会の要請を行っていたにも拘らず、4ヶ月もの間「門前払い」を喰らわせて、沖縄民意を正面から否定する屈辱的な対応をしたのは一体誰でしょうか?それは官房長官です。

 

そして、そんな辺野古新基地建設反対の民意と、それを代表する翁長前知事の願いを挫折させるべく、あろう事か国の沖縄県に対する「贖罪」としての性格も持っている沖縄振興予算を、しかも、その中でも使途が比較的自由で重要な一括交付金を容赦なく減額したのは誰か?それは安倍政権です。そして「基地と振興はリンクしない」という主張をあっさり翻し、減額を正当化したのは官房長官です。

 

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(毎日新聞より)

 

普天間基地の県外移設という公約を掲げて当選しておきながら、辺野古新基地建設を容認して公約を反故にし、沖縄県民の怒りを買って一昨年7月の参院選で落選した島尻安伊子・元沖縄相を、あろう事か沖縄相補佐官に任命し、今回の内閣改造においても辺野古新基地反対のデニー新知事が誕生したにも関わらず、続投させているのは誰か?それは安倍政権です。

 

www.okinawatimes.co.jp

 

憲法が保障する地方自治を無視して基地建設を強行する中央政府に対し、身を呈して辺野古新基地反対の運動を行っている地元住民を、警察力という実力組織を以て捩じ伏せようと画策している最中において、機動隊員の口から反対派に向けて発せられた土人という許し難い差別発言に対して、平然と「差別とは断定できない」と宣い、謝罪も撤回もしなかったのは一体誰でしょうか?それは官房長官です。

 

www.okinawatimes.co.jp

 

 

 

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2016年末の名護市沖でのオスプレイ墜落事故や、昨年10月の東村高江の民間地へのCH53ヘリ墜落事故、昨年12月のCH53ヘリからの普天間第二小学校への窓枠落下事故など、既に度重なる米軍基地由来の事故が発生しているにも関わらず、日米地位協定の改正に動く気配すらなく、 今年6月に発生したF15戦闘機の墜落事故では遂に飛行中止を求めた」などというウソの答弁をしたのは誰か?それは安倍首相です。

 

ryukyushimpo.jp

 

そして何よりも、先の沖縄県知事選において、翁長前知事の遺志を受け継いで辺野古新基地建設反対の民意を代表し、史上最多得票総数という快挙でデニー候補が当選した直後に、相も変わらず「辺野古移設の方針は変わりない」と放言して性懲りもなく沖縄民意を否定し、終いには「辺野古移設で海兵隊9千人移転」などと、辺野古移設と海兵隊移転を切り離した2012年の日米合意に反するウソまで吐いて、火に油を注ぐようなマネをしたのは誰か?それは官房長官です。

 

そんな菅官房長官に、さんざん安倍政権による国家の論理によって虐げられ、消耗し、しかし沖縄県民の為に文字通り命を賭して駆け抜けた翁長前知事の県民葬の場で、抜け抜けと「基地負担の軽減に向けて結果を出す」などと言われた暁には、何にもまして怒りが爆発するのは当たり前ではないでしょうか?これでも、ずっと「声なき声」を強いられてきた沖縄県民に対し、ただただ黙って耐えるだけの態度の方が正しいといえるのでしょうか。

 

更に始末が悪いのは、今回の沖縄県知事選挙でデニー新知事が誕生した時点で、もはや辺野古新基地建設反対の民意は揺るぎないものであると証明されているにも関わらず、12日にデニー新知事との面談に臨んだ安倍首相は、真剣に沖縄県民の意思を伝えるデニー新知事から目を背けながら、菅官房長官が県民葬で読み上げた内容と瓜二つのカンペを読み上げ、再度「辺野古移設」への意欲を見せ、翁長県政に対すると同様の屈辱を沖縄に与えたことです。ここまで来ると、今の我が国は「民主主義国家」などでは決してなく「強権国家」であるとしか言い様がありません。

 

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(ANNより) 

 

これは紛う事なき民主主義の問題です。民主主義の問題である以上、私も含めた沖縄県以外の市民にとっても決して他人事ではありません。このような「切り捨てる政治」を容認すれば、いずれは自分も切り捨てられるのです。現に、安倍政権が進めている政策は弱者の切り捨てが前提になっています。この妄動を阻止する為にも、我々は沖縄県民の怒りを切り捨ててはなりません。この「声なき声」が具現化した「叫び」を、他ならぬ主権者たる我々が最大限に生かしてこそ、日本の民主主義は本物になるのです。